とある初夏の日、夜8時のファミレスにて。Nがついた嘘。

 

N「留年になったんだけど、親には言ってないんだよね」

とある初夏の日、気温が上がり蒸し暑くなった季節、

夜8時くらいのファミレスで友人Nが突然打ち明けた。

 

__________________

僕「それ、言ってなかったんだ。大丈夫なの?」

 

N「いや言おうとは思ってたんだけど、なかなかタイミングがね。家にいたら、ずっと勉強のこと言ってくるし。だから一旦は大丈夫だったって言っといた。やばいかな?」

 

僕「分からないけど、まあ…早めに言った方が良いんじゃないかなぁ。」

 

N「そうだよねー。分かってるんだけどさ。でも、あんま実家に帰らないから、1人で何とかした方がお互いに良いのかなって。なかったことにするというか。」

 

僕「なるほどねぇ。」

__________________

 

なかったことにはできない。

いつかNの両親にその情報が届く時は来るだろう。

そんなことは、Nももちろん分かっている。

 

ただ、適当に頼んだピザやドリアなどを食べながら、

Nの気持ちも分からなくないなと思ってしまった。

 

 

その後はたわいもない話をしていたけれど、

その話が頭に残ったままで、何を話したのかあまり覚えていない。

 

しばらくしてファミレスの外に出ると、

さっきまで一滴も降っていなかったのに、

先が見えなくなるほど、どしゃ降りの雨だった。

 

幸いにも店の外は少し天井があったので、

そこで雨が少し落ち着くまで待つことにした。

 

その場に留まる理由を作るように、

喫煙所で、Nはタバコを取り出し火を付ける。

僕はタバコを吸わないのでそこに居るだけ。

 

 

N「何が正解なんだろうかねー。」

 

ふーっと、白い煙と共に吐き捨てるようにつぶやく。

多分、さっきの話の続きなのだろうと思った。

 

僕「んー何だろうね。。」

 

真実を伝えるのも、あえて自分の中にしまっておくのも、

どちらも正解なような気がした。

人によって、あるいは相手によって正解は違うんじゃないかと。

 

でも、その場でそれをすぐに言ってしまうのは

安直なのかなと思い、あえて言わなかった。

 

 

地面を打つ無数の連続した雨音だけが響き続ける。

辺り一面は降り注ぐ雨で数m先もよく見えない。

 

その雨によって、外の世界と今いる場所が

完全に遮断され、溝のような境目が出来ていた。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

地面を打つ雨の数が減ってきたので、

今日は帰ろうか。とそれぞれ帰路に着いた。

 

 

と、、、その時の出来事を思い出して、

1つの形に昇華できたので共有しようと思う。

 

「嘘」というのは人類が言葉を獲得したと同時に、

手にした1つの能力だという風に言われている。

 

実際には存在していないものを、存在しているように思わせる。

あるいは存在しているものを、存在していないように思わせる。

 

そうやって想像上の現実を

書き換えることが出来てしまうのが「嘘」。

 

 

誰にでもNのように、大小問わず1つや2つくらい、

誰かについた「嘘」を抱えて生きていると思う。

 

それは、自分を守るための嘘かもしれないし、

あるいは相手を守るための嘘であるかもしれない。

 

生きていくなかで、何らかの出来事に対して、

真実を伝えるか、あるいは真実とすり替えた想像上の現実を伝えるか。

で迷うことが往々にしてあると思う。

 

 

大抵の場合、そういう時は、

「真実を伝えた際に、自分か、相手が負の感情を背負う場面」

である。

 

真実を知ることで、悲しんだり、失望したり、怒りを彷彿させたり、やるせない気持ちを抱いたり、絶望したり、、、するもの。

 

そういった際に「嘘」は生まれる。

 

 

それは、相手を守るため、救うため、

あるいはお互いの関係を維持するためであれば、

 

時には必要なのかもしれないと、

様々な経験を経て思う。

また、全ての真実を語ることが正義ではない。とも。

 

 

Nもおそらく、

安直に、自分勝手に嘘をついたのではない。

 

話を聞く限り、それをもし親に伝えたら、

大変なことになってしまうのだろう。

想像もつかない。

 

だから、Nは自分の中で解決してしまおうとした。

それをなかったことにしてしまおうと。

 

もしかしたら時が過ぎ去った後に、

過去の産物として伝えるのかもしれない。

 

 

そうすれば確かに、真実を知った際の

感情の起伏は明らかに小さくなるし、

その時にはそれをもう受け入れられる可能性が高い。

 

そう考えると、嘘は良くないと、

簡単に一般化してしまうのは違う気がする。

 

 

そんなNや、心に真実を収納してきた人たちの

話を掬い集めてきて思う。

 

嘘とは、その人が

「覚悟を持って決断した孤独という名の錘」であり、

「出来れば続いて欲しかった過去の思い出との決別」でもあると。

 

人はなぜ嘘をつくのか?と言ったら、

「自分が伝えたいことを受け入れてもらえない。拒絶される。」

と思ってしまうからである。

 

 

ある人との溝、齟齬、乖離を埋めるために、

人は現実世界に存在しない「嘘」を生み出す。

 

Nもそうかは分からないけれど、

以前教習所で知り合った、40代一児の父に、

こんな話を相談された。

 

_________________________

うちの子は勉強しろって言っても全然しなくて。。

勉強しに行くって出かけたと思ったら、

友達と遊びに出かけてたんだと、

後でその友達の親を通して知ったり。

 

一時期は口酸っぱく言ったり、

塾にも通わせてたんだけどね。

 

よく喋る子だったんだけど、

段々と口を聞いてくれなくなっちゃったよ。

どうすれば良いもんかねぇ。

__________________________

 

きっとその子は、嘘をつきたかったわけじゃなく、

同情してもらえると思っていた期待が壊れたために、

 

仕方なく真実をすり替える。

という選択を取ったんだと思った。

 

本当はもっと話したいことがあるけれども。

仕方なくその続いて欲しかった過去と、

決別したのだと思う。

 

 

真実を語るべきか、それとも真実を語らないか。

結論、これに関しては正解がないと思う。

 

上記の場合は、

親が子に真実を語りかけようとしたことで、

子は真実を語らなくなってしまった。

 

そんなパターンも往々にしてある。

 

 

だからこそ、真実を語ることが正義。

ではないと思ってしまう。

 

これに関しては、時と場合に合わせて

慎重に検討する必要があると思う。

 

今はあえて真実を語らずに、

少しばかりの時を経過させてから、

伝えた方が良いものもあるのかもしれない。

 

 

ただ、どちらにせよ、明確に思うことがある。

 

それは自分がメッセージの受け取り手となった時、

「相手の全てを受け入れてあげたい、

あるいは肯定してあげたい」

ということ。

 

 

人は「自分が伝えたいことを受け入れてもらえない」

あるいは「拒絶されると思ってしまう」時に、

真実を語らないという選択を取る。

 

つまり、受け入れてもらえる可能性があれば、

相手は勇気を出して、真実を語ろうとしてくれる。

 

あの1児のパパもきっと、まずやるべきは、

「真実の受容」だったのかもしれない。

 

 

受容したうえで、こちらも語りかける。

という選択をすれば、結果は違ったのかもしれない。

 

否定が理解から最も遠い位置に存在するとすれば、

受容は理解に極めて近い位置に存在する。

 

 

もしかしたら僕も、気付かぬうちに

相手の真実を否定してしまっていたことが

あるかもしれない。

 

それゆえに、気付かぬうちに、

疎遠になってしまったことがあるかもしれない。

 

いま思い返してみたら、

実際にそんなこともあったように思う。

 

 

だから、受け入れてあげたいと思う。

 

選択が間違っていたとしても、

その時の本人はその選択を信じている。

だからそれを肯定してあげたい。

 

 

相手の真実を「受容」することによって、

きっと溝や乖離、齟齬といったズレは消滅していき、

 

相手に背負わせる錘の数も

減らしてあげられるのではないかと思う。

 

加えて。まず自分が「受容」することで、

相手は自分の伝えたい真実を受け取ってくれる。

 

そうなれば、自分が背負う錘の数も、

ゼロに近づけることが出来る気がする。

 

 

、、、と考えると、

真実を伝えるか、それとも伝えないか。

それが真実であるか?真実でないか?

 

という、問い自体には

あまり意味はないのかもしれない。

 

僕たちに求められているのは、純粋に、

「相手が語る真実を、受容する勇気」

だけなのかもしれない。

 

 

ところでNは真実を伝えられただろうか。

それとも、もう少しだけ先送りにしたのだろうか。

次に会った時、また尋ねてみたいと思う。

 

 

1500円の電子書籍「労働なき富豪世界への旅路」を無料で読めます。

 

僕は大学時代からネット起業をして

累計1000万ほどの売上を生み出してきました。

 

その後もネット上に作り上げた仕組みから

自動で報酬が生まれるようになり、

10万円、20万円と収入が生まれ続けています。

 

ですが、僕は特別な才能があったわけでも、

ビジネスのセンスがあったわけでもありません。

 

元々は平凡な学生で居酒屋バイトをしてましたが、

仕事ができないことで怒られてばかりでした。

 

 

そんなビジネスの世界とは

一切無縁の至って平凡な生活を送っていました。

 

ですがそこで、

お金と時間の自由を増やして人生を楽しみたいと、

一念発起してビジネスを始めてみると、

 

知識も人脈も経験も全てゼロの状態だったものの、

短期間で人生を変えることができました。

 

 

僕の周りの起業家たちもみな過去は、

極貧生活を送っていたり、いじめを受けていたり、

借金を抱えていたりと、マイナスの状態からでも、

 

半年、1年で月収100万円を突破して、

豊かな人生を手に入れることが出来ています。

 

そういった人たちをこれまでに

数え切れないほどに近くで見てきたからこそ、

 

どれだけ過去に成功体験がなかったとしても、

やる気さえあれば誰でもお金と時間の自由を手に入れ、

豊かな人生を実現できると思っています。

 

 

一度きりの人生ですから、1日中趣味に没頭したり、

新しい景色を見に行ったり、新しい体験をしたり、、、と、

人生を全力で楽しむべきだと思っています。

 

それを実現するうえで、

「個人の力で、お金と時間の自由を手に入れる。」

スキルが適していると考えています。

 

 

ただ、そのためにどうすれば良いのか?が

分からない人がほとんどだと思います。

 

そこで、今だけ期間限定で、

僕がゼロからお金と時間の自由を増やしていくまでの、

 

物語をまとめた電子書籍

「労働なき富豪世界への旅路」を無料でお渡しします。

 

普段は1500円で販売していますが、

メルマガ内限定で無料プレゼント中です。

 

 

実際に受け取ってくれた人からは、

「楽しみながら最後まで読めた」など

好評をいただいています。

 

物語形式で作っていて

20分程度でサクッと読めるようにしてあるので

もし興味があれば一度読んでみてくさい。

 

→電子書籍「労働なき富豪世界への旅路」を無料で読んでみる

 

 

僕の詳しいプロフィールはこちらから見てみてください。

→しゅんティーの詳しいプロフィールを見る

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。